本能スイッチ

博報堂ヒット習慣メーカーズが執筆した書籍「本能スイッチ」(イースト・プレスから初版が2023年2月22日に刊行)を拝読しました。

「本能スイッチ」とは、博報堂ヒット習慣メーカーズ(博報堂内の組織横断型チームのようです)が提唱する造語であり、その中身は「人間の本能を刺激する、一見無駄だけどついつい欲しくなってしまう演出」とのことです。本書籍には、博報堂ヒット習慣メーカーズのメンバーが業務の中で見つけ出した数々の本能スイッチが紹介されています。これらの考え方は実務に直ちに活かせると感じたので、今回は本書をご紹介させていただきます。

1.「本能スイッチ」の構成

本書は大きく以下の3つの部分で構成されています。

第1に本能スイッチという概念の解説しています。第2に本能スイッチを5つのカテゴリに分け、それぞれのカテゴリにおいて具体的な製品やサービスを多数取り上げ、本能スイッチの観点から分析しています。第3にケーススタディの章を設け、実際の製品などを通じて本能スイッチの仕込み方を解説しています。

1.1.本能スイッチとは

「本能スイッチ」とは、博報堂ヒット習慣メーカーズが提唱する造語であり、その中身は「人間の本能を刺激する、一見無駄だけどついつい欲しくなってしまう演出」とのことです。

良い製品やサービスに関わっていても、なぜか売り上げが伸びないという経験をしたことはありませんか?私も仕事を通じて、そのような場面に何度も直面してきました。同じ価格帯の競合商品よりも性能が優れているのに、なぜか市場で浮上できない現象。確かに、販売人数の差やチャネル戦略の影響もあるでしょう。

本書では、この「なぜか売れない」という課題に、演出の視点からアプローチしています。取り上げている「本能スイッチ」のアイデアは、一言で言えば演出です。そして、その演出を行う際には、人々の意思決定の特性を考慮して、製品やサービスを魅力的に演出することの重要性を本書で詳しく説明しています。

人々の購買行動を解析する際には、しばしばミクロ経済学が役立ちますが、ミクロ経済学は人々の判断や行動が合理的に行われるという仮定に基づいています。しかしながら、人々の判断や行動は必ずしも合理的ではなく、その側面に焦点を当てたのが行動経済学です。行動経済学は、簡潔に言えば経済学と心理学を結びつけた学問です。

「本能スイッチ」とは、この行動経済学の概念を演出の観点から実務に即した形でまとめたものだと私は捉えています。

1.2.本能スイッチの分類

本書では、本能スイッチを5つのカテゴリに分けて詳しく解説しています。

具体的には、ミイト型、コンフォート型、ダム型、アナログ型、セレモニー型の5つのタイプに分類し、それぞれのカテゴリごとに具体的な製品やサービスを数多く取り上げ、本能スイッチの観点からこれらを分析しています。また、製品やサービスの分析に関しては、見開き1枚が1つの製品やサービスに対応するような構成になっており、非常に読みやすくなっています。

1.2.1.ミント型

人々の意思決定の特性の一つとして、強い刺激があると効果をより大きく感じてしまうという側面があります。この特性を踏まえた演出です。具体的には、「良薬は口に苦し」や「ブルーレット」などの事例を通じて、ミント型の本能スイッチについて解説しています。

Tips 「ブルーレット」を通じて感じる色の重要性

「ブルーレット」の液体に関しては、色自体が洗浄効果にはあまり影響しないとされています。しかし、青色が付いた液体(他にも異なる色も存在しますが)が流れると、トイレが一層清潔に感じられます。確かに、洗浄が実行されていることは理解できますが、青色が持つイメージのお陰で、さらに清潔感が強調されるような気がしてしまうのです。

近年では、食品分野でも青色の食材が注目を集めていますが、一般的には青色は食欲を減退させる色とも言われています。

色が持つ影響を使用場面で考慮することは、製品やサービスの演出において非常に重要だと再認識しました。

1.2.2.コンフォート型

なぜか心地よさを感じ、その体験を延長したくなる人々の行動に焦点を当てた演出です。本書では、「空気の入った梱包材(一般的にはプチプチと呼ばれるもの)」や「コンビニエンスストアの照明設計」などを通じて、コンフォート型の本能スイッチについて解説しています。

Tips 桂花ラーメン

やみつきになると言えば、桂花ラーメン。かなり昔に友人に勧められて味わったのですが、その後もなぜかしばしば食べたくなってしまいます。特に、生キャベツのトッピングとあの独特の香りがたまりません。

1.2.3.ダム型

人は可視化されたデータを目にすることで、「実行している実感」を得るという心理に焦点を当てた演出です。本書では、「家計簿アプリ」や「スマートフォンの歩数計」などを通じて、ダム型の本能スイッチについて解説しています。

Tips ヘルスケアアプリ

最近、スマートフォンのヘルスケアアプリを活用しています。このアプリを使用することで、一日の歩数や消費カロリーなどが簡単に確認できます。歩数を意識的にチェックし、たとえば外出から帰宅する際にわざと10分ほど迂回して歩くようになりました。こうした小さな変化が健康面に良い影響をもたらすと感じています。ヘルスケアアプリを使用しなかった場合、自分から意図的に10分ほど迂回するという発想は生まれなかったかもしれません。

1.2.4.アナログ型

デジタル体験に意図的にアナログ要素を組み込む演出です。本書では、「レジでの電子決済時のタッチ音」や「ニコニコ動画」などを通じて、アナログ型の本能スイッチについて解説しています。

Tips デジタルは便利だが、、、

電子データで情報を整理することは、情報共有などに便利ですが、意外な罠が存在するように感じます。過度なスマートな処理のせいで、誤字脱字などのミスに気付きづらくなることがあるように思います。人々は整然とした、洗練された処理を目にすると、それが誤りなしと錯覚する傾向がある気がします。こうした状況においては、故意にアナログ的な要素を導入することも一つの視点と言えるかもしれません。

1.2.5.セレモニー型

人々は、セレモニー(手順)を経てそれに関連する過去の思い出や快感が蘇るという特性を意識した演出です。本書では、「ハイボール」や「JINSの陳列」などを通じて、セレモニー型の本能スイッチについて解説しています。

Tips 類推、連想

セレモニー(手順)を経て、関連する過去の思い出や喜びがよみがえることは、つまりある刺激を通じて、以前の出来事を類推し連想することと捉えられるでしょう。本書で取り上げられていた「スティック型の日焼け止め」の例を挙げれば、以前から存在していた「スティック型のリップクリーム」の使い心地から、「スティック型の日焼け止め」は、従来の「チューブ型の日焼け止め」よりも利便性が高いと連想されるでしょう。こうした記憶を喚起する演出が、セレモニー型の特質です。

また、これは検討中の製品やサービスのカテゴリとは異なる分野の情報(事例)も非常に有益であることを示しています。かつて、ある業界のリーディング企業の方に、他の業界のビジネスアイデアを紹介した際、大変喜ばれた経験があります。これは、他の業界の情報から類推、連想して自社の業務改善などに活かすという意味で、セレモニー型のアプローチそのものであると考えます。

1.3.ケーススタディ

「Asahi BEERY」などを使って、本能スイッチの仕込み方を解説しています。

2.実務での利用シーン

「本能スイッチ」の内容は、読んだその日から実際に役立てられると感じました。以下に、その活用シーンの一例を示します。

2.1.製品やサービスの企画シーン

製品やサービスが利用者にとって有益であることは当然ですが、それをどのように伝えるかは非常に重要だと思います。特に新しい企画の製品やサービスであればなおさらです。素晴らしい製品やサービスであっても、演出の質によって売り上げに差が生じることは確かなことです。

本書には、製品やサービスの演出方法が5つに分類されて詳細に説明されています。製品やサービスの企画や効果的な伝え方について考える際に、本書は非常に役立つ資料であると思います。製品やサービスのアイデアを出す際や、企画の評価に活用できるでしょう。本書のカテゴリ分類を用いて製品やサービスを効果的に演出する方法(切り口)を考えるのに役立つでしょう。

2.2.既存製品やサービスの販売施策検討シーン

素晴らしい製品やサービスであるにもかかわらず、売り上げが芳しくない場合、製品やサービスをどのように利用者に伝え、演出するかを再評価することは非常に有益です。こうした状況で本書を活用することは、的確なアプローチを見つける手助けとなるでしょう。本書の活用は、製品やサービスの企画段階と同様に有益だと思います。

2.3.各種プレゼンテーション資料の作成シーン

情報を伝えるという観点から言えば、製品やサービスの内容だけでなく、各種のプレゼンテーション資料を作成する際にも大いに役立つと考えます。プレゼンテーションの受け手の心に響くような演出を取り入れることで、プレゼンテーションの目的を達成しやすくなるのではないでしょうか。

3.まとめ

「本能スイッチ」の概念は、人々の心理や行動を理解し、魅力的な演出を通じて製品やサービスを成功させるためのアプローチです。製品やサービスを成功させるために、人々の心理や行動を深く理解し、適切な演出をすることの重要性を説明しています。本書のアプローチを通じて、より効果的なビジネス戦略を展開する手助けを得ることができるでしょう。